食べることが大好きな30代エンジニアが、少しずつ食生活を見直す記録です。
冷凍食品と電子レンジが、家庭の「揚げる手間」を減らしてきた
冷凍庫のコロッケを電子レンジで温めるだけで食べられるようになったのは、1994年のことです。まだ30年ほどの歴史しかありません。 冷凍コロッケは、もともと自分で揚げる食べものだった 日本で家庭向けの冷凍食品が試売されたのは、1948年のことです。東京・日本橋の百貨店で、日本冷蔵(現在のニチレイフーズ)が「ホームミート」と「ホームシチュー」を売り出しました。 それから20年近くたった1960年代半ばには、冷凍コロッケのように、買ってきたあとに自分で揚げて仕上げるタイプが主流でした。業界では、こうした商品を「油調品」と呼びます。 電子レンジが広がっても、レンジ用の冷凍フライはまだなかった 家庭用の電子レンジが発売されたのは1966年ですが、当時は非常に高価で、一般の家庭に広がり始めたのは1970年以降です。ところが、電子レンジ用の冷凍フライが登場するのは1994年です。レンジが広がり始めてから20年以上、レンジで食べられる冷凍フライはなかったことになります。 「揚げるのは面倒」という声から生まれた 1994年に発売された電子レンジ対応のコロッケは、「電子レンジ用フライのはじまり」とされています。きっかけは、「油を使って揚げるのは面倒」という消費者の声でした。 解凍するだけの冷凍食品も登場 1999年には、食べるまで器具もエネルギーも使わない「自然解凍」の調理冷凍食品が発売されました。自分で揚げる、レンジで温める、解凍するだけと、家庭でかける手間は段階的に減ってきたことになります。 手間が減ると、油は見えにくくなる ここからは事実ではなく、私の見方です。自分で揚げるなら、鍋に油を注ぐところから目に入ります。レンジで温めるだけならその場面はなく、解凍するだけならなおさらです。 手間が減るのは助かりますが、油と向き合う場面が減るぶん、揚げ物を食べた回数も数えにくくなっているのではないでしょうか。 冷凍の揚げ物を買ったときは、パッケージの裏にある栄養成分表示で、脂質の欄を一度見てみてください。自分で揚げていないぶん、そこが油の量を確かめられる場所の一つになります。
唾液という多機能液 ― 噛むことを「前処理」として設計し直す
唾液のことを、ずっと「口の中の水」だと思っていました。 食べ物を湿らせて、飲み込みやすくするためのもの。 せいぜい、消化を少し助けるくらいのもの。 食生活を変えていく過程で咀嚼について調べたとき、その認識がまるごと崩れました。 唾液は水ではなく、6つの仕事を同時にこなしている多機能液でした。 分かっているだけで11種類 唾液に含まれる成分を、確認できたものだけ並べてみます。 成分 働き アミラーゼ デンプンを麦芽糖に分解する ムチン 食べ物をまとめ、飲み込みやすくする。粘膜を保護する リゾチーム 細菌の細胞壁を壊す ラクトフェリン 細菌に付着して発育を阻害する 分泌型IgA 侵入した病原体にくっついて無力化する ペルオキシダーゼ 抗菌作用に加え、活性酸素を消去する ヒスタチン 細菌の繁殖を抑える カルシウム・リン酸イオン 溶けた歯のエナメル質を再石灰化する スタテリン リン酸カルシウムの沈殿を抑え、歯が溶けるのを防ぐ 重炭酸イオン 口の中の酸を中和する(緩衝作用) ガスチン・亜鉛 味を感じやすくする 整理すると、役割は6つに分かれます。 消化(アミラーゼ)、保護と嚥下(ムチン)、 抗菌(リゾチーム・ラクトフェリン・ペルオキシダーゼ・ヒスタチン)、 免疫(IgA)、歯の修復(カルシウム・リン酸・スタテリン)、 pH調整(重炭酸イオン)、そして味覚(ガスチン・亜鉛)。 一つの液体が、これだけの機能を同時に持っている。 システムで言えば、単機能のユーティリティだと思っていたものが、 実は6つのサービスを載せた共有基盤だった、という感じです。 出どころは3つある 唾液は、耳下腺・顎下腺・舌下腺という3つの大きな唾液腺から出ています。 そして、それぞれ性質が違います。 耳下腺:サラサラ(漿液性) 舌下腺:ネバネバ(粘液性) 顎下腺:その両方をあわせ持つ(混合性) 面白いのは、状況によって主役が入れ替わることです。 食事中など「噛んでいる」ときは、サラサラの耳下腺の分泌が多くなる。 何もしていない安静時は、顎下腺のほうが多くなる。 噛むと口の中が水っぽくなるのは、気のせいではなく、 実際に出てくる唾液の種類が切り替わっているからです。 分泌量は成人で1日1.0〜1.5リットル。500mlのペットボトルで2〜3本分を、 毎日、自分の体が作っていることになります。 ただしこの量は一定ではありません。 ストレス、疲れ、加齢、薬の副作用などで減ることがあるとされています。 消化は胃から始まっていない ここから、噛むことの話に移ります。 唾液のアミラーゼは、口の中でデンプンを麦芽糖に分解します。 つまり、消化は胃で始まるのではなく、噛んでいる時点ですでに始まっている。 自分はこれを、恥ずかしながら知りませんでした。 「口=入り口、胃=消化」という素朴なモデルで理解していたのです。 正しくは、口が消化の第一工程です。 噛むというのは、前処理です。 前処理を飛ばしたときに何が起きるかは、 システムを触ったことがある人なら想像がつくと思います。 負荷は消えません。次の工程に、そのまま積み上がるだけです。 自分が噛むようになった理由は、精神論ではなく、この構造でした。 「よく噛みなさい」という言葉は30年間まったく響かなかったのに、 「前処理を飛ばしている」という理解の仕方をした途端に動けたのです。 江戸の人は、同じ時間で1.6倍噛んでいた 時代ごとの咀嚼回数を推計したデータがあります。 再現した食事をもとにした推計値ですが、傾向としては示唆的です。 ...
加工食品にはなぜ油が仕込まれているのか──「見えない油」の正体と数字
あなたが今日摂った油の大半は、 自分では選んでいません。 サラダにドレッシング、パンにマーガリン、炒め物に一さじ。そうやって「かけた」油は、まだ見えています。 でも、パン、お菓子、カップ麺、冷凍食品。買った時点で、すでに油が仕込まれていることには、ほとんど気づいていません。 結論から言います。油を減らすなら、かけた油だけでなく、すでに仕込まれている油にも気づく必要があります。原材料表示を見れば、その存在がわかります。 なぜ加工食品にはほぼ必ず油が入っているのか 原材料表示を裏返してみてください。パンにも、お菓子にも、惣菜にも、レトルトにも、ほとんど油が入っています。油が入っていないものを探すほうが難しいくらいです。 理由は単純で、油は食感と、日持ちと、やみつき感を作るからです。ふんわりしたパン、サクサクのお菓子。その口あたりの多くは、油が担っています。アメリカ政府も、超加工食品を「保存期間・スピード・中毒性のために設計された食品」と定義しています。 そして、油が入っている食品には、たいてい砂糖も一緒に入っています。だから「油を避けよう」と思って選ぶと、砂糖も、小麦粉も、乳製品も、自然に落ちていきます。 名前を変えて隠れる油、パーム油の正体 世界で一番使われている植物油は、パーム油です。アブラヤシという木の実から搾る油で、常温だとバターのように固まります。 そして、圧倒的に安い。同じ面積の畑で採れる量が、大豆油のおよそ10倍ともいわれています。安くて、固まる。だから、パンにも、お菓子にも、カップ麺にも、アイスにも使いやすいのです。 日本人ひとりが1年間に食べる量は、およそ4kg。それだけ食べているのに、原材料表示に「パーム油」と書かれることは、ほとんどありません。「植物油」「植物油脂」「加工油脂」。まとめてそう表示していい決まりになっているからです。 安くて使いやすいものほど、名前を隠されています。これが「見えない油」の正体の一つです。 揚げ物の「衣」が油を何倍にも増やす仕組み もう一つ、見えにくい油の増え方があります。揚げ物の「衣」です。 衣は、サクサクの食感を作るだけの飾りではありません。油を吸い込むスポンジでもあります。食材が油をどれくらい吸うか、数字で見るとはっきりします。 素揚げなら3〜8%。天ぷらになると15〜25%。衣をたっぷり絡めるかき揚げは、40%を超えることもあります。「何を揚げたか」より、「どう衣をつけたか」で油の量は決まっていくのです。 揚げ物をやめなくても、衣を薄くする、素揚げを選ぶ。それだけで、吸い込む油はぐっと減らせます。 身近な数字で実感する 見えない油を、実感できる数字に変えてみます。 マヨネーズ大さじ1杯には、約9gの油が入っています。マヨネーズは重さの3分の2以上が植物油でできているからです。「サラダだからヘルシー」と思って大さじ2杯かければ、それだけで18gの油をかけていることになります。 カップヌードル(レギュラー)1食の脂質は、約14.6g。厚生労働省の統計によると、戦後すぐの1946年、日本人が1日で摂っていた脂質は約14gでした。つまりカップ麺1杯だけで、当時の人が1日かけて摂っていた油の量を、もう超えているのです。 今の摂取目安に照らせば「大したことない」量かもしれません。でも、その目安自体が、生活習慣病が増え続けた時代とともに膨らんできたものです。 まとめ:見えない油に気づく3つのチェックポイント 見えない油に気づくために、難しいことをする必要はありません。 1. 原材料表示の「油」を見る 「植物油脂」「加工油脂」という文字を探すだけ。入っていたら棚に戻す、を繰り返すうちに、超加工食品は自然と減っていきます。 2. 揚げ物の「衣」を見る 同じ食材でも、衣が厚いほど油を多く吸います。素揚げ、薄い衣、フライ、天ぷら、かき揚げの順に油は増えます。選べる場面では、衣が薄いものを選ぶだけで変わります。 3. 「量」を数字に翻訳する 大さじ1杯、カップ麺1杯。何気なく口にしているものを、一度グラムで数えてみる。数字にした瞬間、見えていなかった油が、はっきり見えてきます。 油は、かけるものだけではありません。ほとんどは、すでに仕込まれています。原材料表示を裏返す、衣の厚さを見る、量を数字に翻訳する。この3つがあれば、見えない油は、見える油に変わります。
食生活の見直しは「油」から始めるといい──あれもこれも我慢しなくていい理由
体調を食から見直したい。でも、砂糖も、パンも、揚げ物も、全部いっぺんに我慢しようとすると、たいてい続きません。私も何度も、それで挫折してきました。 結論から言います。減らすものは、一つに絞るのがコツです。それも「油」から。 油を入口にすると、不思議なことに、砂糖も小麦粉も乳製品も、あとから自然に減っていきます。なぜそうなるのか、そして今日から何をすればいいのかを、順番に書いていきます。 減らすなら、いちばん最初に「油」を選ぶ 植物油・砂糖・小麦粉・乳製品。健康のために減らしたい、と言われる代表格です。 でも、この4つを同時に我慢するのは、意志の力を4方向に分散させることです。1つ崩れると、たいてい全部崩れます。「今日は疲れたから」で、ドミノのように戻ってしまう。 そこで、4つのうち「油」だけを入口にします。あとで詳しく説明しますが、油は残りの3つと"セット"で存在していることが多く、油を避ける行動が、そのまま砂糖・小麦粉・乳製品を避ける行動になるからです。 一つの行動で、四つが動く。これが、最初に油を選ぶ理由です。 なぜ油を減らすと、砂糖も小麦粉も減るのか スーパーで、加工食品の裏の原材料表示を見てみてください。 パン、お菓子、惣菜、レトルト。そのほとんどに「植物油脂」と書かれています。そして、油が入っている食品には、たいてい砂糖も一緒に入っています。 これは偶然ではありません。油と砂糖は、食品を「おいしく・日持ちよく・やみつきに」するための、基本のセットだからです。実際、アメリカ政府も2025-2030年版の食事ガイドラインで、超加工食品を避けるよう初めて明記しました。 つまり、「油が入っているものは避けよう」と思って選ぶと、その食品ごと——砂糖も、小麦粉も——買い物カゴから外れていきます。 油という一点をフィルターにすると、超加工食品がまとめて落ちる。これが、「油を入口にすると、あとは勝手についてくる」の正体です。あれもこれもと禁止リストを覚える必要はありません。見るのは、油だけでいい。 そもそも、なぜ現代人は油を摂りすぎるのか そもそもの話をします。昔の日本人は、油をほとんど摂っていませんでした。意志が強かったからではなく、油を大量に使う"土台"が、そもそも無かったからです。 江戸の台所の主役は、竈(かまど)と囲炉裏。煮る・蒸す・焼くための道具で、油を高温で使う揚げ物・炒め物には向いていません。しかも江戸は木造の密集都市で火事が多く、油を熱する調理は危険物あつかいでした。天ぷらが江戸末期まで屋台限定だったのは、そのためです。 油で炒める毎日が家庭に定着したのは、フライパンとガスコンロが普及した戦後・1950年代以降。たった70年ほどの、新しい習慣です。 さらに、透明で安い「サラダ油」の命名は1924年、無味無臭の固形油脂「ショートニング」は1911年。油が精製されて摂りやすくなった結果、日本人の脂質の摂取量は、戦後すぐと比べておよそ4倍に増えました。 体は、数千年かけてできた仕組みのまま。道具と油だけが、数十年で一変した。摂りすぎてしまうのは、意志の問題ではなく、環境が変わったからです。だからこそ、意識して初めて、元の量に近づけます。 「油を入口」にする、具体的な3ステップ 理屈が分かったら、あとは行動です。難しいことはしません。 1. 原材料表示の「油」を見る癖をつける 買う前に裏返して、「植物油脂」の文字を探すだけ。入っていたら棚に戻す、を何回か繰り返すうちに、超加工食品が自然と減っていきます。覚えるのは、油だけでいい。 2. 外食・惣菜の回数を「数える」 外食や惣菜は、油を自分で「足さない」という選択ができません。私は外食した日を毎日1タップで記録してみたのですが、数えているうちに、外食は自然と減りました。減らそうと頑張るより、ただ数えるほうが効きます。 3. 家では油を「足さない」 毎日でなくて構いません。週に何日か、炒めない・揚げない日を作る。蒸す・煮る・焼くに寄せるだけで、家の油は静かに減っていきます。 物足りない時は「うま味」で埋める 油と砂糖を減らすと、最初に来るのは「物足りなさ」です。コクや満足感を、そこでつけることに慣れているからです。 そこで頼れるのが、出汁のうま味です。昆布のグルタミン酸と、鰹節のイノシン酸。この二つを合わせると、うま味は最大で7〜8倍にふくらみます。江戸の食卓も、油ではなく出汁で満足感を作っていました。 コクの出どころを、油から出汁へ置き換える。これだけで、物足りなさはかなり埋まります。 まとめ:油を入口にすれば、あとは勝手についてくる 食生活の見直しでいちばん大事なのは、頑張る量を増やさないことです。 4つを一度に我慢するのではなく、「油」という一点に絞る。油を避ける行動が、砂糖・小麦粉・乳製品を、同時に連れて出て行ってくれます。 私自身、植物油・砂糖・小麦粉・乳製品を見直してきて、いちばん体の手応えが変わったのも、いちばん続けやすかったのも、油を入口にしたときでした。 今日できることは、たった一つ。次に何かを買うとき、裏の原材料表示の「油」を、一度だけ見てみる。見直しは、そこから始まります。
寿司・天ぷら・蕎麦・うなぎ──江戸の「四大ファストフード」はどれも屋台から始まった
高級料理として扱われることの多い、寿司・天ぷら・蕎麦・うなぎ。 でもこの4つ、江戸時代はどれも「屋台で立ち食いする庶民のファストフード」でした。 なぜ、今は高級なのか。なぜ、当時は安かったのか。 4つを並べてみると、共通するパターンが見えてきます。 蕎麦:密度と価格が生んだ、庶民の食事インフラ 元禄時代、江戸の町には約3000軒の蕎麦屋がありました。 人口は約100万人。330人に1軒という密度です。 かけそば一杯16文、今の価値で約400円程度。 単身者や労働者が多かった江戸で、 立ち食いそばは理想的な食事スタイルでした。 早い、安い、並ばなくていい。 江戸っ子のせっかちな気質と、蕎麦のスタイルはセットで出来上がりました。 寿司:サイズとスピードで、江戸っ子の胃袋を掴んだ 握り寿司が今のスタイルになったのは文政年間(1818〜1831年)。 両国回向院前の華屋与兵衛という料理人が、その原型を作ったと言われています。 当時の寿司はおにぎりくらいの大きさで、 屋台でパッと買って、パッと食べる。 忙しくてせっかちな江戸っ子に、早くて手軽な寿司は大当たりしました。 高級料理として扱われるようになったのは、ずっと後の話です。 天ぷら:原材料費の低下が生んだ、新しい屋台グルメ 天ぷら屋台が現れ始めたのは、江戸後期の安永年間(1772〜1781年)。 搾油の技術が上がって、油が安くなったことが直接のきっかけでした。 穴子、芝海老、貝柱。串に刺して、寿司や蕎麦と並ぶ江戸の名物になりました。 当時は同じ油を何日も繰り返し使っていたので、酸化に強いごま油が選ばれていました。 油という「原材料」が安くなったことで、新しい屋台グルメが生まれた例です。 うなぎ:科学的根拠より先に広まった、キャッチコピーの威力 うなぎの旬は本来、冬。夏のうなぎは痩せていて味が落ちます。 夏場に売上が落ちて困っていたうなぎ屋の主人が、 学者の平賀源内に相談したところ生まれたのが、 「本日、土用の丑の日」という看板でした。 それを見た客が「うなぎを食べると元気が出るらしい」と思い込んで、 一気に人気に火がついたと言われています。 科学的根拠より先に、キャッチコピーが習慣を作った例です。 4つに共通するパターン 並べてみると、共通点が見えてきます。 蕎麦:密度と価格で、庶民の食事インフラになった 寿司:サイズとスピードで、忙しい江戸っ子に刺さった 天ぷら:原材料(油)の価格低下が、新しい料理を生んだ うなぎ:マーケティングが、季節外れの需要を作った 安さ、速さ、原材料コスト、そしてキャッチコピー。 どれも「今のファストフード業界」で語られる要素と同じです。 江戸の庶民が普通に立ち食いしていたものが、 時代を経て「特別な日に食べる高級料理」に変わっていく。 安くて速いものが、時間をかけて価値を積み上げていく。 これは江戸だけの話じゃなく、今のいろんな食べ物にも起きていることだと思います。 参考にした情報: 日本経済新聞「そばの江戸時代」 そば日和「江戸時代の立ち食い蕎麦文化」 Japaaan「握り寿司の誕生」 nippon.com「江戸前寿司の歴史」 日本植物油協会「天ぷらは庶民の文化~江戸時代」 マルホン胡麻油「江戸の天ぷら屋台とごま油」 ダイヤモンド・ビジョナリー「土用の丑の日とうなぎ」
植物油・砂糖・小麦粉・乳製品を2週間やめたら起きたこと──ログを取ってみた
2週間、植物油・砂糖・小麦粉・乳製品を抜く。 これをやってみた話は、noteのほうに感情の起伏込みで書きました。 こっちには、その裏側で取っていたログだけを淡々と置いておきます。 仮説 食べ物を変えれば、体に何かしらの変化が観測できるはず。 ただし2週間という短期間で、数値的な検査結果までは追えない。 なので今回計測したのは「自分で気づける変化」だけ。 皮膚・口内・味覚・行動・コストの5項目に絞りました。 実験条件 期間:14日間 除外:植物油、砂糖、小麦粉、乳製品 主食:玄米、味噌汁、魚、糠漬け、海苔、無塩の煮干し 調理:自炊のみ。外食・加工食品・お菓子ゼロ 空腹対策:塩気(煮干し・梅干し)と噛みごたえで代替 ログ 皮膚 開始1週間:鼻のテカリが減少 開始1週間:湯船に浮く油膜が減少 開始1週間:頭皮の湿疹が縮小 口内・消化 開始1週間:起床時の口内のネバつきが減少 開始1週間:歯磨き後・起床後の排便が安定 便の状態が改善(主観評価) 味覚 2週間終了直後、外食のラーメンを食べたところ「塩辛い」と感じた 2週間前は同じ店の同じメニューを「ちょうどいい」と感じていた 舌の感度そのものが2週間で変化した可能性 行動 開始1〜3日目:強い渇望感(本人評価で「禁断症状に近い」) 4日目以降:渇望感が緩やかに減少 2週間終了後、外食を1回摂ったところ、その直後にまた外食への渇望が再燃 「1回の摂取が引き金になる」パターンを観測 コスト 開始前:食費 週1万円超 実施中:食費 週1万円未満 外食・加工食品コストがそのまま浮いた形 考察 体感変化のほとんどは1週間前後で現れています。 2週間という期間設計は、体感を得るには十分だったものの、 検査数値のような客観データでの裏付けはできていません。ここは今回の実験の限界です。 もっとも興味深かったのは、味覚の変化と、渇望の再燃パターン。 塩辛く感じたのは、舌が「薄い味」に慣れたからだと考えられます。 そして2週間我慢できても、1回の摂取で渇望が戻る現象は、 意志の弱さというより、そういう反応が起きる設計になっている、と捉えたほうが説明がつきます。 結論 このログだけでは「体にいい」と断定はできません。 医学的な検査はしていないし、たった1人のたった2週間のデータでしかない。 ただ、次に同じことをやる人がいたら、 「1週間で体感が出る」「1回の摂取で渇望が戻る」という2点は、 心の準備として知っておくと楽になると思います。 次にやるなら、開始前後で血液検査の数値を取って、 体感だけでなく数値でも見てみたいです。 ここまで読んでいただき、ありがとうございました。 日々の細かい気づきはThreadsに書いています。よければそちらも覗いてみてください。
江戸時代の食事に生活習慣病がほぼなかった理由
前回の記事で、江戸時代まで遡って食生活を見直している話を書きました。 「なぜ江戸時代なのか」を、今回はもう少し掘り下げてみます。 そもそも「生活習慣病」という言葉自体が新しい 意外と知られていませんが、「生活習慣病」という言葉は、1996年(平成8年)に厚生省(当時)が「成人病」から名称変更して生まれた、比較的新しい言葉です。 子どもの頃からの生活習慣の積み重ねが発症に関わっていることが分かってきたため、年齢ではなく「生活習慣」に着目した呼び方に変えたのだそうです。 つまり、江戸時代に「生活習慣病」という概念自体があったわけではありません。ただ、現代でいう糖尿病・高血圧・脂質異常症のような病気は、当時はかなり少なかったと考えられています。 その理由を、食事の内容から見ていきます。 江戸の食卓に「なかったもの」 現代の食卓に当たり前にあって、江戸時代にはほぼなかったもの。 植物油:江戸時代の前期〜中期、植物油は庶民にとって高価な貴重品でした。生産量自体が少なく、油は主に行灯(あんどん)の灯りに使うためのもので、料理に使う庶民はほとんどいなかったそうです。菜種油の生産が増えて庶民の食卓に食用油が広まったのは、江戸時代も中期以降になってからでした。 砂糖:江戸前期〜中期、砂糖は薬屋で「薬」として売られるほどの貴重品で、流通も薬種問屋を通していました。庶民の甘味は干し柿・甘酒・水飴が中心で、砂糖が庶民に広まったのは江戸後期からです。 小麦パン:主食は米で、小麦は麺類(うどん・そば)に使われることはあっても、パンが主食になることはありませんでした。 超加工食品:当然ながら存在しません。 つまり、今の私たちが減らそうとしている「植物油・砂糖・小麦粉・超加工食品」は、江戸時代の庶民にとっては元々ほとんど手の届かないものだった、ということになります。 食事の形も、今よりずっとシンプルだった 江戸の長屋暮らしの庶民の食事は、基本的に「一汁一菜」。ご飯と汁物、おかずが一品、あとは漬物程度というのが標準でした。多くても一汁二菜くらいです。 タンパク源は豆腐など大豆製品が中心。品数も量も、今の食卓と比べるとかなり少なかったはずです。 現代は「品数が多い=豊か」というイメージがありますが、口に入れるものの種類そのものが少なければ、それだけ体に入ってくる糖・脂質・添加物の総量も自然と少なくなります。 美化はしない:江戸の庶民は「白米」を食べすぎていた ここまで聞くと「江戸時代の食事は完璧に健康的だった」と思ってしまいそうですが、そうではありません。 実は江戸の町人は、玄米や雑穀ではなく白米を1日4〜5合も食べる、むしろ白米に偏った食生活でした(玄米や雑穀が中心だったのは、年貢で米を取られていた農民の方です)。 その結果、ビタミンB1不足による「脚気(かっけ)」が江戸の町で大流行し、「江戸患い」と呼ばれるほどの社会問題になりました。地方に帰ると自然に治ることが多かったため、原因が江戸の食生活にあることは当時から経験的に知られていたそうです。 つまり、江戸時代の食事は「砂糖・植物油・小麦粉・超加工食品が少なかった」という点では現代よりシンプルでしたが、「白米に偏りすぎて別の栄養不足を起こしていた」という別の問題を抱えていました。 「昔に戻れば健康になる」という単純な話ではない、ということです。 私が江戸時代から借りているのは「量」と「種類」の感覚 私が実践しているのは、江戸時代の生活をそのまま真似することではありません。 「現代になって増えたもの(植物油・砂糖・小麦粉・超加工食品)を、少し減らしてみる」という発想だけを借りています。 実際に2週間試してみて、鼻のテカリが減ったり、風呂の油膜が減ったり、舌が変わったりという変化があったのは、以前の記事に書いた通りです。 完璧な健康法を探しているわけでも、江戸時代を美化したいわけでもありません。ただ、「今、当たり前に食べているものが、実はここ数十年で急に増えたものかもしれない」と知っておくことには意味があると思っています。 参考にした情報: e-ヘルスネット(厚生労働省)「生活習慣病とは?」 農畜産業振興機構「江戸時代の砂糖食文化」 パールエース「庶民に広まる砂糖(江戸時代3)」 植物油 - Wikipedia 脚気の発生:農林水産省 日本食文化の醤油を知る「江戸庶民の食事|江戸と白米」
食べることが大好きな私が、それでも食生活を見直し始めた話
最初に言っておきます。 私は食べることが大好きです。 脂っこいもの、味の濃いもの、揚げ物、お好み焼き、たこ焼き、ラーメン、ハンバーガー。 外食も大好きだし、お菓子も大好きです。 ポテトチップス、スナック、グミ、チューイングキャンディー、ラムネ。 特にグミとチューイングキャンディーはバクバク食べてた。 ハリボーなら1袋ペロっと食べるし、かむかむレモンはボトルタイプを2〜3日で空にしていた。 清涼飲料水も大好きで、風呂上がりのコーラは最高だった。 そんな私が今、食生活を少しずつ見直しています。 これは「食べるのをやめた」話ではありません。 「健康になって仕事のパフォーマンスが上がった」という成功体験でもありません。 食べることが大好きな人間が、怖くなって、少しずつ変え始めた話です。 小さい頃から「食べること」が幸せだった 小さい頃から食べることが大好きだった。 母が作ってくれたご飯をお腹いっぱい食べて、お菓子も清涼飲料水も大好きだった。 家族で外食に行く機会はほとんどなかったので、外食はごちそうだった。 体を動かすよりゲームや漫画が好きだったこともあって、食べた分だけ体が横に育っていった。 そこで少年野球に入れられた。最初は大嫌いだったけれど、体を動かすうちに少しずつ動けるようになって、体重も落ちて、運動する楽しさを知った。 練習の日にはスポーツドリンクを2リットル飲んでいた。夏場はそれでも足りないことがあった。昼はお弁当にカップラーメンをプラスするような食事をしていた。 そのころ、監督に言われた言葉が今でも頭に残っている。 「今食べているものが大体10年後に体に出てくるから、いっぱい食べて頑丈な体を作れよ」 当時は「いっぱい食べろということだ」くらいにしか受け取っていなかった。 この言葉の本当の意味を理解するのは、ずっと後のことになる。 お酒を飲まないのに、肝臓の数値が悪い 私はほぼお酒が飲めない。 なのに、なぜか肝臓の数値・ガンマGTPが高かった。 最初は「少し高いですね」という程度だったのが、年々上がっていった。 肝臓は一度壊れると、元には戻りにくい。 このまま数値が上がり続けたら、いつか取り返しのつかないことになるかもしれない。そう考えたとき、初めてリアルな怖さを感じた。 「食品の裏側」との出会い 食のことを本気で学ぼうと思い始めた頃、阿部司先生の『食品の裏側』に出会った。 読んで、衝撃を受けた。 自分が毎日当たり前のように食べていたものに、どれだけの添加物が含まれているのか。そして「キャリーオーバー」という制度の存在。原材料として使われた添加物が一定条件下では表示されなくてもよいというものだ。 病気になってから「知らなかった」と言っても、体は元に戻らない。そういう状況には絶対になりたくないと思った。 監督の言葉が、ここで刺さった 「今食べているものが大体10年後に体に出てくる」 ゾッとした。 私がこれまでに食べてきたもの——グミ、ポテチ、コーラ、深夜のラーメン、コンビニ飯、スポーツドリンク2リットル——それで今の体ができている。 4つのものを抜いてみた 砂糖・植物油・小麦粉・乳製品——この4つを減らすことで、体に変化が起きるという。 江戸時代まで遡ると、生活習慣病という概念自体がほぼなかった。砂糖は高級品でほぼ手が届かなかった。植物油もなかった。小麦パンもなかった。 現代になって増えたものを、少し減らしてみようと思った。 2週間のチャレンジ——正直しんどかった 最初の2〜3日は、食べられないイライラでどうにかなりそうだった。 食べたくて、無性に欲しくなる。まるで依存症のように。 1週間が経つ頃、体に変化が出始めた。 鼻のテカテカが減ってきた 風呂の湯船に浮く油の膜が減った 頭の湿疹が小さくなってきた 特に風呂の油膜には驚いた。自分の体から出ている油が、食べているものと直結しているとリアルに感じた瞬間だった。 2週間ぶりに食べたラーメン 「こんなに味濃かったっけ?」 めちゃくちゃ塩辛く感じた。今まで美味しいと思って食べていたものが。 舌が変わっていた。自分でも気づかないうちに。 今の私のスタンス 完全に抜いているかと言えば、抜いていない。 私は食べることが大好きで、完全にやめるつもりもない。 そして、予想外の収穫があった。 昔ながらの食べ物の美味しさを知ることができた。 ちゃんとした製法で作られた醤油の風味。樽で熟成した味噌の深み。ぬか漬けの酸味。梅干しの塩気と酸っぱさ。 コップの水が溢れる前に 病気になる仕組みを、私はこんなふうにイメージしている。 コップに、少しずつ水が注がれていく。溢れた瞬間に、症状が出る。 怖いのは、溢れる直前まで何も見えないことだ。 それが嫌だから、今から少し変えている。 これは成功体験じゃないし、完璧な健康法でもありません。 食べることが大好きな人間が、怖くなって、少しずつ変え始めた話です。 「今食べているものが10年後に体に出てくる」 あの頃の監督の言葉を、今は全然違う意味で受け取っています。