食べることが大好きな30代エンジニアが、少しずつ食生活を見直す記録です。
寿司・天ぷら・蕎麦・うなぎ──江戸の「四大ファストフード」はどれも屋台から始まった
高級料理として扱われることの多い、寿司・天ぷら・蕎麦・うなぎ。 でもこの4つ、江戸時代はどれも「屋台で立ち食いする庶民のファストフード」でした。 なぜ、今は高級なのか。なぜ、当時は安かったのか。 4つを並べてみると、共通するパターンが見えてきます。 蕎麦:密度と価格が生んだ、庶民の食事インフラ 元禄時代、江戸の町には約3000軒の蕎麦屋がありました。 人口は約100万人。330人に1軒という密度です。 かけそば一杯16文、今の価値で約400円程度。 単身者や労働者が多かった江戸で、 立ち食いそばは理想的な食事スタイルでした。 早い、安い、並ばなくていい。 江戸っ子のせっかちな気質と、蕎麦のスタイルはセットで出来上がりました。 寿司:サイズとスピードで、江戸っ子の胃袋を掴んだ 握り寿司が今のスタイルになったのは文政年間(1818〜1831年)。 両国回向院前の華屋与兵衛という料理人が、その原型を作ったと言われています。 当時の寿司はおにぎりくらいの大きさで、 屋台でパッと買って、パッと食べる。 忙しくてせっかちな江戸っ子に、早くて手軽な寿司は大当たりしました。 高級料理として扱われるようになったのは、ずっと後の話です。 天ぷら:原材料費の低下が生んだ、新しい屋台グルメ 天ぷら屋台が現れ始めたのは、江戸後期の安永年間(1772〜1781年)。 搾油の技術が上がって、油が安くなったことが直接のきっかけでした。 穴子、芝海老、貝柱。串に刺して、寿司や蕎麦と並ぶ江戸の名物になりました。 当時は同じ油を何日も繰り返し使っていたので、酸化に強いごま油が選ばれていました。 油という「原材料」が安くなったことで、新しい屋台グルメが生まれた例です。 うなぎ:科学的根拠より先に広まった、キャッチコピーの威力 うなぎの旬は本来、冬。夏のうなぎは痩せていて味が落ちます。 夏場に売上が落ちて困っていたうなぎ屋の主人が、 学者の平賀源内に相談したところ生まれたのが、 「本日、土用の丑の日」という看板でした。 それを見た客が「うなぎを食べると元気が出るらしい」と思い込んで、 一気に人気に火がついたと言われています。 科学的根拠より先に、キャッチコピーが習慣を作った例です。 4つに共通するパターン 並べてみると、共通点が見えてきます。 蕎麦:密度と価格で、庶民の食事インフラになった 寿司:サイズとスピードで、忙しい江戸っ子に刺さった 天ぷら:原材料(油)の価格低下が、新しい料理を生んだ うなぎ:マーケティングが、季節外れの需要を作った 安さ、速さ、原材料コスト、そしてキャッチコピー。 どれも「今のファストフード業界」で語られる要素と同じです。 江戸の庶民が普通に立ち食いしていたものが、 時代を経て「特別な日に食べる高級料理」に変わっていく。 安くて速いものが、時間をかけて価値を積み上げていく。 これは江戸だけの話じゃなく、今のいろんな食べ物にも起きていることだと思います。 参考にした情報: 日本経済新聞「そばの江戸時代」 そば日和「江戸時代の立ち食い蕎麦文化」 Japaaan「握り寿司の誕生」 nippon.com「江戸前寿司の歴史」 日本植物油協会「天ぷらは庶民の文化~江戸時代」 マルホン胡麻油「江戸の天ぷら屋台とごま油」 ダイヤモンド・ビジョナリー「土用の丑の日とうなぎ」
植物油・砂糖・小麦粉・乳製品を2週間やめたら起きたこと──ログを取ってみた
2週間、植物油・砂糖・小麦粉・乳製品を抜く。 これをやってみた話は、noteのほうに感情の起伏込みで書きました。 こっちには、その裏側で取っていたログだけを淡々と置いておきます。 仮説 食べ物を変えれば、体に何かしらの変化が観測できるはず。 ただし2週間という短期間で、数値的な検査結果までは追えない。 なので今回計測したのは「自分で気づける変化」だけ。 皮膚・口内・味覚・行動・コストの5項目に絞りました。 実験条件 期間:14日間 除外:植物油、砂糖、小麦粉、乳製品 主食:玄米、味噌汁、魚、糠漬け、海苔、無塩の煮干し 調理:自炊のみ。外食・加工食品・お菓子ゼロ 空腹対策:塩気(煮干し・梅干し)と噛みごたえで代替 ログ 皮膚 開始1週間:鼻のテカリが減少 開始1週間:湯船に浮く油膜が減少 開始1週間:頭皮の湿疹が縮小 口内・消化 開始1週間:起床時の口内のネバつきが減少 開始1週間:歯磨き後・起床後の排便が安定 便の状態が改善(主観評価) 味覚 2週間終了直後、外食のラーメンを食べたところ「塩辛い」と感じた 2週間前は同じ店の同じメニューを「ちょうどいい」と感じていた 舌の感度そのものが2週間で変化した可能性 行動 開始1〜3日目:強い渇望感(本人評価で「禁断症状に近い」) 4日目以降:渇望感が緩やかに減少 2週間終了後、外食を1回摂ったところ、その直後にまた外食への渇望が再燃 「1回の摂取が引き金になる」パターンを観測 コスト 開始前:食費 週1万円超 実施中:食費 週1万円未満 外食・加工食品コストがそのまま浮いた形 考察 体感変化のほとんどは1週間前後で現れています。 2週間という期間設計は、体感を得るには十分だったものの、 検査数値のような客観データでの裏付けはできていません。ここは今回の実験の限界です。 もっとも興味深かったのは、味覚の変化と、渇望の再燃パターン。 塩辛く感じたのは、舌が「薄い味」に慣れたからだと考えられます。 そして2週間我慢できても、1回の摂取で渇望が戻る現象は、 意志の弱さというより、そういう反応が起きる設計になっている、と捉えたほうが説明がつきます。 結論 このログだけでは「体にいい」と断定はできません。 医学的な検査はしていないし、たった1人のたった2週間のデータでしかない。 ただ、次に同じことをやる人がいたら、 「1週間で体感が出る」「1回の摂取で渇望が戻る」という2点は、 心の準備として知っておくと楽になると思います。 次にやるなら、開始前後で血液検査の数値を取って、 体感だけでなく数値でも見てみたいです。 ここまで読んでいただき、ありがとうございました。 日々の細かい気づきはThreadsに書いています。よければそちらも覗いてみてください。
江戸時代の食事に生活習慣病がほぼなかった理由
前回の記事で、江戸時代まで遡って食生活を見直している話を書きました。 「なぜ江戸時代なのか」を、今回はもう少し掘り下げてみます。 そもそも「生活習慣病」という言葉自体が新しい 意外と知られていませんが、「生活習慣病」という言葉は、1996年(平成8年)に厚生省(当時)が「成人病」から名称変更して生まれた、比較的新しい言葉です。 子どもの頃からの生活習慣の積み重ねが発症に関わっていることが分かってきたため、年齢ではなく「生活習慣」に着目した呼び方に変えたのだそうです。 つまり、江戸時代に「生活習慣病」という概念自体があったわけではありません。ただ、現代でいう糖尿病・高血圧・脂質異常症のような病気は、当時はかなり少なかったと考えられています。 その理由を、食事の内容から見ていきます。 江戸の食卓に「なかったもの」 現代の食卓に当たり前にあって、江戸時代にはほぼなかったもの。 植物油:江戸時代の前期〜中期、植物油は庶民にとって高価な貴重品でした。生産量自体が少なく、油は主に行灯(あんどん)の灯りに使うためのもので、料理に使う庶民はほとんどいなかったそうです。菜種油の生産が増えて庶民の食卓に食用油が広まったのは、江戸時代も中期以降になってからでした。 砂糖:江戸前期〜中期、砂糖は薬屋で「薬」として売られるほどの貴重品で、流通も薬種問屋を通していました。庶民の甘味は干し柿・甘酒・水飴が中心で、砂糖が庶民に広まったのは江戸後期からです。 小麦パン:主食は米で、小麦は麺類(うどん・そば)に使われることはあっても、パンが主食になることはありませんでした。 超加工食品:当然ながら存在しません。 つまり、今の私たちが減らそうとしている「植物油・砂糖・小麦粉・超加工食品」は、江戸時代の庶民にとっては元々ほとんど手の届かないものだった、ということになります。 食事の形も、今よりずっとシンプルだった 江戸の長屋暮らしの庶民の食事は、基本的に「一汁一菜」。ご飯と汁物、おかずが一品、あとは漬物程度というのが標準でした。多くても一汁二菜くらいです。 タンパク源は豆腐など大豆製品が中心。品数も量も、今の食卓と比べるとかなり少なかったはずです。 現代は「品数が多い=豊か」というイメージがありますが、口に入れるものの種類そのものが少なければ、それだけ体に入ってくる糖・脂質・添加物の総量も自然と少なくなります。 美化はしない:江戸の庶民は「白米」を食べすぎていた ここまで聞くと「江戸時代の食事は完璧に健康的だった」と思ってしまいそうですが、そうではありません。 実は江戸の町人は、玄米や雑穀ではなく白米を1日4〜5合も食べる、むしろ白米に偏った食生活でした(玄米や雑穀が中心だったのは、年貢で米を取られていた農民の方です)。 その結果、ビタミンB1不足による「脚気(かっけ)」が江戸の町で大流行し、「江戸患い」と呼ばれるほどの社会問題になりました。地方に帰ると自然に治ることが多かったため、原因が江戸の食生活にあることは当時から経験的に知られていたそうです。 つまり、江戸時代の食事は「砂糖・植物油・小麦粉・超加工食品が少なかった」という点では現代よりシンプルでしたが、「白米に偏りすぎて別の栄養不足を起こしていた」という別の問題を抱えていました。 「昔に戻れば健康になる」という単純な話ではない、ということです。 私が江戸時代から借りているのは「量」と「種類」の感覚 私が実践しているのは、江戸時代の生活をそのまま真似することではありません。 「現代になって増えたもの(植物油・砂糖・小麦粉・超加工食品)を、少し減らしてみる」という発想だけを借りています。 実際に2週間試してみて、鼻のテカリが減ったり、風呂の油膜が減ったり、舌が変わったりという変化があったのは、以前の記事に書いた通りです。 完璧な健康法を探しているわけでも、江戸時代を美化したいわけでもありません。ただ、「今、当たり前に食べているものが、実はここ数十年で急に増えたものかもしれない」と知っておくことには意味があると思っています。 参考にした情報: e-ヘルスネット(厚生労働省)「生活習慣病とは?」 農畜産業振興機構「江戸時代の砂糖食文化」 パールエース「庶民に広まる砂糖(江戸時代3)」 植物油 - Wikipedia 脚気の発生:農林水産省 日本食文化の醤油を知る「江戸庶民の食事|江戸と白米」
食べることが大好きな私が、それでも食生活を見直し始めた話
最初に言っておきます。 私は食べることが大好きです。 脂っこいもの、味の濃いもの、揚げ物、お好み焼き、たこ焼き、ラーメン、ハンバーガー。 外食も大好きだし、お菓子も大好きです。 ポテトチップス、スナック、グミ、チューイングキャンディー、ラムネ。 特にグミとチューイングキャンディーはバクバク食べてた。 ハリボーなら1袋ペロっと食べるし、かむかむレモンはボトルタイプを2〜3日で空にしていた。 清涼飲料水も大好きで、風呂上がりのコーラは最高だった。 そんな私が今、食生活を少しずつ見直しています。 これは「食べるのをやめた」話ではありません。 「健康になって仕事のパフォーマンスが上がった」という成功体験でもありません。 食べることが大好きな人間が、怖くなって、少しずつ変え始めた話です。 小さい頃から「食べること」が幸せだった 小さい頃から食べることが大好きだった。 母が作ってくれたご飯をお腹いっぱい食べて、お菓子も清涼飲料水も大好きだった。 家族で外食に行く機会はほとんどなかったので、外食はごちそうだった。 体を動かすよりゲームや漫画が好きだったこともあって、食べた分だけ体が横に育っていった。 そこで少年野球に入れられた。最初は大嫌いだったけれど、体を動かすうちに少しずつ動けるようになって、体重も落ちて、運動する楽しさを知った。 練習の日にはスポーツドリンクを2リットル飲んでいた。夏場はそれでも足りないことがあった。昼はお弁当にカップラーメンをプラスするような食事をしていた。 そのころ、監督に言われた言葉が今でも頭に残っている。 「今食べているものが大体10年後に体に出てくるから、いっぱい食べて頑丈な体を作れよ」 当時は「いっぱい食べろということだ」くらいにしか受け取っていなかった。 この言葉の本当の意味を理解するのは、ずっと後のことになる。 お酒を飲まないのに、肝臓の数値が悪い 私はほぼお酒が飲めない。 なのに、なぜか肝臓の数値・ガンマGTPが高かった。 最初は「少し高いですね」という程度だったのが、年々上がっていった。 肝臓は一度壊れると、元には戻りにくい。 このまま数値が上がり続けたら、いつか取り返しのつかないことになるかもしれない。そう考えたとき、初めてリアルな怖さを感じた。 「食品の裏側」との出会い 食のことを本気で学ぼうと思い始めた頃、阿部司先生の『食品の裏側』に出会った。 読んで、衝撃を受けた。 自分が毎日当たり前のように食べていたものに、どれだけの添加物が含まれているのか。そして「キャリーオーバー」という制度の存在。原材料として使われた添加物が一定条件下では表示されなくてもよいというものだ。 病気になってから「知らなかった」と言っても、体は元に戻らない。そういう状況には絶対になりたくないと思った。 監督の言葉が、ここで刺さった 「今食べているものが大体10年後に体に出てくる」 ゾッとした。 私がこれまでに食べてきたもの——グミ、ポテチ、コーラ、深夜のラーメン、コンビニ飯、スポーツドリンク2リットル——それで今の体ができている。 4つのものを抜いてみた 砂糖・植物油・小麦粉・乳製品——この4つを減らすことで、体に変化が起きるという。 江戸時代まで遡ると、生活習慣病という概念自体がほぼなかった。砂糖は高級品でほぼ手が届かなかった。植物油もなかった。小麦パンもなかった。 現代になって増えたものを、少し減らしてみようと思った。 2週間のチャレンジ——正直しんどかった 最初の2〜3日は、食べられないイライラでどうにかなりそうだった。 食べたくて、無性に欲しくなる。まるで依存症のように。 1週間が経つ頃、体に変化が出始めた。 鼻のテカテカが減ってきた 風呂の湯船に浮く油の膜が減った 頭の湿疹が小さくなってきた 特に風呂の油膜には驚いた。自分の体から出ている油が、食べているものと直結しているとリアルに感じた瞬間だった。 2週間ぶりに食べたラーメン 「こんなに味濃かったっけ?」 めちゃくちゃ塩辛く感じた。今まで美味しいと思って食べていたものが。 舌が変わっていた。自分でも気づかないうちに。 今の私のスタンス 完全に抜いているかと言えば、抜いていない。 私は食べることが大好きで、完全にやめるつもりもない。 そして、予想外の収穫があった。 昔ながらの食べ物の美味しさを知ることができた。 ちゃんとした製法で作られた醤油の風味。樽で熟成した味噌の深み。ぬか漬けの酸味。梅干しの塩気と酸っぱさ。 コップの水が溢れる前に 病気になる仕組みを、私はこんなふうにイメージしている。 コップに、少しずつ水が注がれていく。溢れた瞬間に、症状が出る。 怖いのは、溢れる直前まで何も見えないことだ。 それが嫌だから、今から少し変えている。 これは成功体験じゃないし、完璧な健康法でもありません。 食べることが大好きな人間が、怖くなって、少しずつ変え始めた話です。 「今食べているものが10年後に体に出てくる」 あの頃の監督の言葉を、今は全然違う意味で受け取っています。